大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

神戸地方裁判所 昭和34年(行)22号 判決

原告 株式会社まからずや洋品店

被告 神戸税務署長

訴訟代理人 平田浩 外二名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告が昭和三十三年三月三十一日付をもつて原告に対しなした原告の自昭和三十一年七月一日至昭和三十二年六月三十日事業年度分法人税等に関する更正処分はこれを取消す。大阪国税局長が原告に対し昭和三十四年四月六日大局直法(審)第二九九号大協第八三号をもつてなした原告の審査請求を棄却する旨の決定はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、

一、原告は洋品販売を業とする会社であるが、昭和三十一年七月一日から昭和三十二年六月三十日までの事業年度の原告の法人税確定青色申告について、被告は昭和三十三年三月三十一日付で右年度の所得金額を金二百四十二万三千百円とする更正処分をなし、原告に対しその通知をしてきた。

二、ところが、右更正処分の通知書には更正の理由として「寄附金一、二七五、二〇三」と記載があるのみで、原告において理解できる程度の具体的理由は何等記載なく、更正の理由を全く欠くに等しいものであつた。

三そこで、原告は被告に対し昭和三十三年四月二十日右更正処分をなされた事項について再調査の請求をなしたところ、被告は同請求について決定をなさず、大阪国税局長は昭和三十四年四月六日大局直法(審)第二九九号大協第八三号で原告の右審査請求を棄却する旨の決定をなし、同月七日原告は同決定通知書の送達を受けたが、その審査決定の理由は「原告の所有する建物を著しい低い価額で売渡したものと認め、当該譲渡価額とその時における当該資産の価額との差額に相当する金額を譲受人に贈与したものとみなし、これを寄附金として取扱つた原決定は相当と認める。」というのである。

四、併しながら、本件更正処分並びに審査決定は左記理由によつていずれも違法である。

(一)  本件更正処分について。

(1)  青色申告書を提出した事業年度分について更正処分がなされたときは、通知の書面にその理由を附記しなければならないことになつているにもかかわらず、被告のなした本件更正処分には原告において理解できる税度の具体的理由は何等附記されてなく、更正の理由の記載が無いのに等しいものであるから、本件更正処分は法人税法第三十二条に違反するものである。

(2)  更に、本件更正処分には寄附金百二十七万五千二百三円と記載されているが、そのような事実は全く存在しない。

(二)  本件審査決定について、

(1)  大阪国税局長は、被告のなした本件更正処分が右のように理由の記載を欠き違法であるにもかかわらず、本件更正処分を相当として前記のように原告の審査請求を棄却したものである。

(2)  同決定に記載された大阪国税局長計算の原告の所得金額と被告の更正した原告の所得金額とは金九万七千百二十八円の差異があるにもかかわらず、被告のなした本件更正処分を相当と認めて請求を棄却した審査決定は明らかにその理由に喰違いがある。

(2)  大阪国税局長は同決定において、原告が所有する建物を著しく低い価額で譲渡したものと認めているが、そのような事実はない。

五、よつて、原告は被告に対し本件更正処分並びに大阪国税局長のなした本件審査決定の取消を求めるため本訴請求に及ぶ、と陳述し、

被告の主張事実に対する答弁として、同事実の内、一、の事実中、被告が改めてなした更正処分に対して適法な期間内に原告が再調査の請求をなし、同請求が却下され、これに対して原告から適法な期間内である昭和三十五年九月十日審査の申立がありそのままになつていること、二、(一)の事実中、訴外井内事務官が被告主張の如く原告を訪問したこと、及び二、(二)の事実はいずれもこれを認めるが、一、の事実中、被告が主張の日に本件更正処分を取消し原告に通知したこと、及び二、(三)の事実はいずれも次のようにこれを否認する。

被告から原告に対し、内容において一見矛盾することが明らかな更正処分の通知書二通(甲第三号証の一、二と甲第四号証の一、一)が同一封筒に封入されて同時に送達されたが、右は被告が相矛盾する二つの更正処分をなしたことを意味するものであるから。これら更正処分自体に重大な瑕疵があり無効のものといわざるをえない。

又、法人税法第三十一条によると再更正は「更正又は決定した課税標準又は法人税額」についてなされるべきものであるにもかかわらず、右更正処分の通知書によれば「確定申告書の所得金額、法人税額」を単に更正したにとどまり、右再更正の要件を欠いているから、被告主張の再更正処分は無効である。

従つて、被告が昭和三十三年三月三十一日になした更正処分は、なお、存在しているものとして争われるべきである。

次に、被告が主張する原告所有の建物を譲渡した経緯は次のとおりである。即ち、原告は同建物の敷地を訴外辻一平外三名から賃借していたが、賃貸借契約において賃借権の譲渡、転貸は禁止されていた。ところが、右建物は老朽したので取毀すことを条件として訴外植村忠三に建物そのものの時価金四十三万五千百七十円で売却し、原告は右土地賃貸人との間に右賃貸借契約を合意解約し、その後訴外植村忠三は地主から新たに同土地を賃借し同地上に建物を新築したものである。かように、原告は借地権を右訴外植村忠三に譲渡したことはなく、その上、右新築建物は原告が同訴外人から賃借し、原告が同所で営業をなしているものであるから、地価の大部分を占める所謂老舗権は原告において持続しているものというべく、従つて、借地権の価額を前記建物の譲渡価額とすることは理由がない。

なお、本件更正処分の理由がない。なお、本件更正処分の理由としている借地権の移動、評価、建物との関連に関する被告の税法上の説明は調査時においても曖昧で、明確な説明は得られなかつた、と述べた。

(証拠省略)

被告代理人は本案前の主張として、「審査決定の取消を求める部分を却下する。」との判決を求め、その理由として、大阪国税局長が昭和三十四年四月六日原告に対してなした原告の審査請求を棄却する旨の決定の取消を求める訴は、処分をした行政庁でない被告を相手として提起したもので、行政事件訴訟特例法第三条に定められた被告適格を欠く不適法な訴であるから、却下されるべきである。

本案につき「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、原告請求原因事実中、一、の事実、二、の事実中、更正処分の通知書に更正の理由として原告主張のような記載があること、三、の事実、四(二)(3)の事実中、大阪国税局長が低廉譲渡と認めたことはいずれもこれを認めるが、その余の事実は次のように全部これを争う。

一、被告のなした本件更正処分は昭和三十五年四月三十日被告においてこれを取消し、同日原告に通知したものであるから、本件更正処分の取消を求める原告の請求は理由がない。なお原告主張の事業年度の法人税額等について改めて被告のなした更正処分に対しては原告から適法な期間内に再調査の請求があり、同請求が却下され、これに対し原告から適法な期間内である昭和三十五年九月十日審査の申立があり、そのままになつている。

二、本件更正処分に関しては次のとおり何等違法の点はない。

(一)  原告は昭和三十二年八月三十日被告に対して別紙原告申告額欄記載の数額のとおり本件事業年度の法人税確定申告書を提出したので、被告の部下職員である大蔵事務官訴外井内昭二は昭和三十三年一月十七日原告代表者植村忠三並びに原告会計係員訴外田中勇二立会のもとに右申告内容の当否について調査した。

(二)  ところが、原告は昭和二十五年三月神戸市兵庫区水木通一丁目三十五番地宅地十四坪五合地上にある建物二階建十二坪六合を金五十二万七千円で取得し、減価償却を重ねて、昭和三十一年七月一日当時の原告の帳簿価額である金四十三万五千百七十円で訴外植村忠三に譲渡していた。なお、同訴外人は右建物の譲渡を受けると同時に直ちにこれを取毀し、同地上に建物を新築し、同年十月一日同新築建物を原告に月・金八万円の賃料で敷金二十万円を徴して賃貸していた。

(三)  ところで、右譲渡建物自体は坪・金一万程度のバラツク建建物で金十二万六千円程度の時価を有するに過ぎないものであつたか、その敷地は神戸市内でも有数の商店街にあり、時価坪・金十七万八千二百円相当のところであつたから、右建物の敷地十四坪五合の借地権は土地価額の七割に相当する金百八十万八千七百三十円の時価を有していたものというべきで、従つて、右建物の譲渡当時の時価は右建物そのものの時価金十二万六千円と借地権の時価金百八十万八千七百三十円の合計額金百九十三万四千七百三十円となるところ、右建物は前記のように訴外植村忠三が譲受直後に取毀しているので、同訴外人は取毀す意思で譲渡を受けたものと認め、同建物自体の価額を零として取引されたものとして、借地権の価額金百八十万八千七百三十円を同建物の譲渡価額とするのが合理的である。そうすると同価額と現実の譲渡価額との差額金百三十七万三千五百六十円は原告から右訴外人に無償で価値の移転がなされたものというべく、これは法人税法上一種の寄附金として取扱われるべきものであるから、これと原告が捐金に算入した寄附金十三万円を加算した金百五十万三千五百六十円について寄附金損金算入計算した結果、法人税法第九条第三項の規定による損金不算入額は金百四十三万八千七百二十五円となつたので、被告は別紙被告更正額欄記載のように金二百四十二万三千百五十八円を原告の所得金額として原告主張のように更正したものである。

(四)  かように、被告が原告に対してなした更正処分によつて増加した金額は金百三十五万六千三百九十一円で、その理由は寄附金であるから、更正の理由として寄附金と附記して原告に更正処分の通知書を送達したものである。

(五)  ところで、法人税の納税義務は法人に所得があれば抽象的には当然に発生し、その具体的範囲を確認する方法として第一次的には納税義務者の申告に俟つこととしているものであるところ、更正処分は税務署長が調査の結果その申告を誤りであるとして納税義務の範囲を具体的に確認する行政処分であつて、納税義務者に新たな義務を創設する行政処分ではないから、処分の理由附記は条理上当然に要求されるものではなく、このことは白色申告法人の更正処分について法が理由附記を要求していないことによつても明らかである。従つて法が特に青色申告法人の場合に限つて理由附記を要求しているのは、専ら行政目的のために過ぎないものであるから、その理由記載の程度もこれに副うように解すべきである。更に青色申告法人の帳簿書類は一応真実なものとして尊重し、その真実の推定を覆して更正するには、税務官庁において反証を挙げて右帳簿書類の不真実をも指摘すべき義務を課しているものというべきであるが、多数納税者につき短期間にこれを行うことは事実上不可能且つ著しく困難な事柄であると共に、申告者としては税務当局の帳簿調査があつたときにその誤りを指摘され税務署長が帳簿書類の如何なる点に不実の記載があるとして取上げたかということを熟知しているものであるから、更正処分の通知書に理由を附記するには、その項目と金額を掲げ相手方に理解できる程度の記載があれば法の要求する理由附記として充分と解すべきである。

そうすると、本件においてもその更正処分の通知書に附記された理由を前記事前の帳簿調査の経過に照らしてみれば、青色申告法人として要求されている帳簿組織を作成する能力を有する者にはその内容は充分理解できるものというべきであるから、本件更正処分の通知書には理由附記を欠く違法はない。

なお、本件更正処分の通知書に更正の理由として寄附金百二十七万五千二百三円と記載されているが、これは前記のように金百三十五万六千三百九十一円と記載すべきところ、誤つて記載したものであり、これが誤記であることは原告の申告額と更正額を対照すれば明白で、極めて軽微な瑕疵であるのみならず、後記審査決定によつて修正されているものである。

(六)  仮に、本件更正処分通知書の理由附記が法人税法第三十二条の現由附記として欠けるところがあるとしても、その瑕疵は本件審査決定により治ゆされた。即ち、現由附記を欠いた場合においてもその更正処分は当然無効のものということはできないから、再調査決定或は審査決定の段階で更正の現由を記載通知すれば右瑕疵は治ゆされたものというべきところ、原告が被告に対してなした再調査の請求についてその請求をなした日から三箇月を経過するも被告が何等決定をしなかつたので、法人税法第三十五条第三項第二号により右請求は審査請求とみなされ、本件審査決定がなされるにいたつたが、同決定には原告主張の如く更正の現由が詳細に記載され原処分の根拠を明確にし原告に通知されているから、これによつて右現由附記を欠く違法は治ゆされた。

よつて、原告の本訴請求は失当である、と述べた。

(証拠省略)

理由

先ず、大阪国税局長が昭和三十四年四月六日原告の審査請求を棄却した決定の取消を求める部分について按ずるに、本件審査決定が被告と異なる処分行政庁においてなされたことは原告の主張自体によつて明らかであるから、本件審査決定の取消はその処分庁である大阪国税局長に対しその取消を求めるべきであり、処分庁でない被告に対しその取消を求めることは許されないから、被告に対し右審査決定の取消を求める訴は不適法というべきである。

次に、本件更正処分の取消を求める原告の請求について検討する。

原告が洋品販売を業とする会社であり、昭和三十一年七月一日から昭和三十二年六月三十日までの事業年度の原告の法人税確定青色申告について、被告は昭和三十三年三月三十一日付で右年度の所得金額を金二百四十二万三千百円とする更正処分をなし、原告に対しその通知をなしたことは当事者間に争がない。

ところで、被告は、原告が取消を求める本件更正処分は昭和三十五年四月三十日被告においてこれを取消したと主張し、原告はこれを争うので按ずるに、成立に争のない甲第三号証の一、二、乙第一号証、証人辻本勇の証言を綜合すると、被告は昭和三十五年四月三十日原告の前記事業年度の確定申告の所得金額を金百六万六千七百円とし、差引法人税額は金五十四万二千五百六十円を、過少申告加算税額は金二万七千円を、更正処分により納付すべき税額は金五十六万九千六百六十円を各減額する旨の再更正処分をなし、同日付通知書をもつてその頃原告に通知したこと、なお、同通知書によれば青色申告法人である原告としては容易にその趣旨を理解することができるものであつたことを認めることができ、以上認定を覆すにたる証拠は存在しない。

ここに、原告は、被告が内容において相矛盾する二つの更正処分をなしたものであるから、これら更正処分には重大な瑕疵があり無効であると主張するが、成立に争のない甲第三号証の一、二と甲第四号証の一、二を対比してみると、これら書面記載の整理番号並びにその内容からして、先ず甲第三号証の一、二に関する前記再更正処分がなされ、その後更に甲第四号証の一、二に関する更正処分がなされたものであることが認められ、右認定事実を覆して原告主張事実を認めるにたりる証拠はなく、又右再度の各更正処分の通知書が同一封筒に封入されて同時に被告から原告に送達されたとしても同事実をもつて相矛盾する更正処分がなされたものと認めることもできない。

更に、原告は右再更正処分は法人税法第三十一条にいう更正又は決定した課税標準又は法人税額についてなされたものではないから再更正の要件を欠く無効のものであると主張するが、課税標準はその事業年度の所得及び清算所得の金額によるものであるから、右更正した所得金額はとりもなおさず課税標準を意味するものであることは明らかであり、且つ法人税額そのものについて更正されているものであるから、原告の右主張は認められない。

そうすると、原告が取消を求める本件更正処分は右再更正処分によつて結果的に既に取消されたものと認めるべきであるから、被告に対し本件更正処分の取消を求める請求はその利益を欠くにいたつたものというべきである。

よつて、原告の本訴請求はいずれもこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十条を適用しし、主文のとおり判決する。

(裁判官 森本正 菅浩行 高山晨)

別紙〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例